1月17日に放送される『奇跡体験!アンビリバボー』では、中国にある会いたい人に会える橋として
有名な「断橋」が取り上げられます。
13年前に一度紹介された「断橋」ですが、その話には続きがあったそうなのです。
2006年放送の内容や「断橋」の場所などについて調べてみました。
今夜7時57分は『奇跡体験!アンビリバボー』💫
🇨🇳中国・西湖にある“断橋”は、“会いたい人に会える”伝説の橋―
断腸の思いで「いつかまた、この橋の上で再会を」と願い、生き別れた親子に起きた奇跡とは⁉️
13年前に放送され反響を呼んだ感動の実話😢驚きのその後とは…✨#カンテレ pic.twitter.com/0n6zrQ0PfL— カンテレ (@kantele) 2019年1月17日
断橋にまつわる「白蛇伝」の伝説とは?
中国の「断橋」には昔から“会いたい人に会える”という伝説がありました。
その伝説とは「白蛇伝」という中国に伝わる四大民間伝説のひとつ。
簡単に内容をまとめました。
主人公の白素貞とはもともと白蛇でしたが、山奥で1000年修行をし、人間の姿になる事ができました。一緒に修行をした青蛇だった小青もいましたが山の中は寂しいので、にぎやかな西湖までやってきて人間の幸せな暮らしをしたいとやってきます。
そして断橋で許仙という若い男性に出会い一目ぼれ。ちょうど大雨だったところ許仙は白素貞に傘を貸してくれました。
翌日、許仙は傘を受け取りに白素貞のところへ行きます。
盛大なもてなしを受け、その夜結婚式まで開くのですが、費用が足りず小青が役所からお金を盗んでしまいます。
これがばれて許仙は逮捕されて島流しに合ってしまいました。
白素貞はなんとか探し出し、一緒に薬屋を開きながらつつましく暮らします。
ところが白素貞が蛇だと疑った金山寺の住職・法海に仲を引き裂かれてしまいました。
離れ離れになった二人ですが、西湖の断橋で再会します。
一度は白素貞を裏切った許仙ですが、自分が間違っていたと詫びて和解。白素貞は男の子を生み
楽しく幸せに暮らしました。
名所の一つ、断橋残雪に到着。これから橋を渡るぞい。 pic.twitter.com/U9J6f030e1
— しぶさわ (@ShibusawaRocket) 2015年5月9日
「断橋(だんきょう)」の場所は?
「断橋」は中国の杭州にある西湖にかかる橋です。
世界遺産に指定されている西湖にはみどころがいっぱい。
「断橋」も「西湖十景」と呼ばれる10個の絶景のひとつになっています。
2006年に放送されたアンビリバボー「断橋」の内容
2006年のアンビリバボーで紹介された「断橋」の内容はこちら。
1995年、徐(ジョ)さん夫婦の間に二人目の子供ができました。
しかし当時の中国は「一人っ子政策」が行われていました。
※一人っ子政策とは、増え続ける人口を抑制するため、子供は1人までとした政策。
違反すると罰金が科せられました。
夫婦は罰金が支払えないため、2人目の子供が生まれるとすぐに市場の入り口に赤ちゃんを置きに行きます。
傍らには赤ちゃんの名前「静芝(せいし)」と、このようなことをする理由、「10年後の七夕の日の午前に断橋の上で会いたい」という手紙を添えて。
静芝ちゃんはアメリカ人の夫婦に引き取られすくすくと育ちます。
そして10年後の2005年、静芝ちゃんは断橋に行こうとするも急用でどうしても行けなく、
実の夫婦が来ていたのかさえわかりません。
そこで番組のスタッフの力を借り、静芝ちゃんは元気である事を徐さん夫婦へ
伝える事ができました。
しかし親子の再会は叶わず音信不通となってしまいました。
その後の続編は?(2019年放送)
2006年の放送では親子は出会えないまま終わっていました。
その後どうなったのでしょうか?親子の奇跡の物語には続きがありました。
親子が出会えなかった七夕の翌年、中国系アメリカ人のドキュメンタリー監督、チャンフー・チャンさんがこの親子の事を知り手助けをしたいと徐さん夫婦を訪ねてきました。
ところが育ての親の名前やどこにいるのかの情報もない状態です。
わかっていたのは静芝ちゃんは養護施設にいるという事。どこの養護施設かはわかっていなかったため、チャンさんは養子を迎えたアメリカの養父母のコミュニティにアクセスし、静芝ちゃんらしき情報をみつけます。(静芝ちゃんは膝に問題があったためその書き込みを発見)
書き込みをしたのはケン・ポーラーという男性でした。
なんとかケン・ポーラーさんを探し出し本人に電話をかけます。
そしてケン・ポーラーさんが静芝ちゃんの育ての親だと判明!
ですが娘が奪われるのではないかと不安になったケン・ポーラーさんは電話番号を変え音信普通になってしまいます。静芝ちゃんはケイティと名付けられ本当の娘のように大切に育てられていたのです。
チャンフー・チャンさんはその事を徐さん夫婦に伝えます。徐さん夫婦は理解し、無理強いはしない事にしました。
1年に1度だけ、チャンさんが間に入り、徐さん夫婦は自分たちの思いを書いた手紙をケン・ポーラーさんへ送りました。しばらくすると、ケン・ポーラーさん側からもケイティの近況を手紙にして送り返してくれるようになりました。このやりとりは続きますが、会う事は叶いませんでした。
そして静芝ちゃんが生まれた20年後、徐さん夫婦は少しの望みにかけあの断橋を訪れます。
ですがやはり静芝ちゃんは現れませんでした。
ところがこの半年後、ケイティからチャンさんの元にメールが届きます。そこには、育ての親に遠慮しどうしたらいいかわからないと記されてありました。
大人になった静芝ちゃんは遠慮しつつもケン・ポーラーさん夫妻に生みの親について聞き出し、真実をすべて知り、チャンさんのメールアドレスを教えてもらったというのです。
育ての親への感謝の気持ちはあり遠慮しなきゃと思いつつも、生みの親に会いたい気持ちも抑えきれないケイティ。ここから1年以上、育ての親と話し合い、ついに徐さん夫婦に会う事になりました。
22年後、ケイティはアメリカから中国へ旅立ち断橋へ向かいます。そしてついに徐さん夫婦と涙の再会を果たしたのです。親子は数日間一緒に過ごし、ケイティはまたアメリカへ帰っていきました。
ケイティは現在中国のインターナショナルスクールで英語を教えているそうです。
中国とアメリカの架け橋になりたいという考えのようですね。
自分のルーツとこれからの道をみつけたケイティ、本当によかったです。
この物語はチャンフー・チャンさんによって映像化されています。感動の物語を機会が会ったら見てみたいなと思います。